笑っている自分をみつけた。
子育ては大変だ。世の母親すべてが尊敬に値する、と思う。 子供は、好奇心旺盛で見るもの聴くものすべてから刺激を受け前進してゆく生き物。決して後ろなど振り返らない、パワフルだ。
そしてこの子は、まさに自分の鏡だと思った。ここまでリアルに私の行いを映し出す鏡はない。人生の折り返し地点で現れたこの手鏡が、きっと私自身を育ててくれる気がする。
笑っている自分をみつけた。
子育ては大変だ。世の母親すべてが尊敬に値する、と思う。 子供は、好奇心旺盛で見るもの聴くものすべてから刺激を受け前進してゆく生き物。決して後ろなど振り返らない、パワフルだ。
そしてこの子は、まさに自分の鏡だと思った。ここまでリアルに私の行いを映し出す鏡はない。人生の折り返し地点で現れたこの手鏡が、きっと私自身を育ててくれる気がする。
yukawatanでディナーを楽しんできた旦那さん。私はもちろん自宅で、まだまだ外食を楽しむ余裕はない。だから、このような小さなポーションのデザートをお土産に持たせてくれたことは、とても嬉しい配慮。
現在は母乳100%で子供を育てているのだが、どこへいくにも身軽なぶん、食生活には気を遣う。甘いスイーツや天ぷら、そして当たり前だがアルコールと口にできないものも多いのだ。それらを妊娠中から絶っていることに気づいて...母の意識は強しと思うのだった。
リビングに日が差し込む午後、その光の元を探るかのように子供は顔をよく上げる。こうして人の子は首が座ってゆくのかな。
友人が、自宅の庭で 咲き始めたというミモザを送ってくれた。ちょうど、その日は旦那さんの両親やお姉さん家族が遠路はるばる遊びに来る日。生けたばかりの新鮮な花で人を迎えられたことは、この上ない幸せである。
黄色はまさに春の色。 私の真似をしてあー、うーと喃語を喋りはじめた我が子にも、きっと季節の移ろいは伝わっているはずだ。
小さないのちが発する力は、これまで感じてきたよりずっと偉大だった。会う人会う人が、子供からエネルギーをもらって前向きになってゆく。凄いことだ。
イカルの透き通る声が、穏やかな陽気を伝えている。
今日の軽井沢は 15度くらいまで上がり、根雪はぐんぐん姿を消してゆく勢いだ。週末にはまた寒さが戻ってくるというが、こんな散歩日和は、冬の間に引きこもりがちだった人々を外へ向かわせるに充分!私も、昨日に続いてチビをスリングに入れて近所を歩きはじめた。そうして思った、外へ出たかったのは自分だったのだと。
室内の気温は20度、湿度は40%とかなり乾燥している。洗濯物は嬉しいほどよく乾くが、肌も喉もカラカラに。
真冬の育児のため、今シーズン分の薪をほぼ使い果たして空になりつつあった薪棚に 、乾いた薪が積みこまれた。持つべきは近くの友。冬用に余ったものをこんなに譲ってくれたのだ。薪は乾いてこそ燃料となる。まだまだ寒がりの子供のことを考えると、命拾いした気分だ。
今日の庭の様子。ここにきて、だいぶ雪融けが進み、長い間地面を覆っていた枯葉が顔を出した。雪はいつも木々の根元から消えてゆく。そこはきっと、わたしたちの想像以上に温かいのだろう。
リビングからの眺めも変わった。射し込む光は紛れもなく春のものだ。
ラルフローレンの子供服とアロマディフューザーが届いた。今の私が欲しいものを熟知していて、さすがと思わせるチョイスだった。
衣類も、暮らしを彩る小物も、これまではそのほとんどが自分が選んだもので構成されてきた。が、 こうして相手のあたたかみと想像力によって暮らしが満たされてゆくのも、なかなか楽しくいいものだ。
今夜はこれからマイナス8度まで冷え込むのだとか。しかし、 日中はプラスの気温になって、これまで感じてきた緊張感は薄れてきている。南から届く春キャベツは、嬉しい春の便り。