2014年2月25日火曜日

暖かさを見方に

大雪から11日目。山の上に暮らす知人は、今日やっと車に乗って買い出しへ行くことができたそうだ。新鮮な食べ物がどれほど美味しかっただろう。

昨日あたりから、少しずつ昼間の気温がプラスになってきたことが嬉しい。屋根からの落雪には充分すぎるほどの注意が必要だが、路面の氷がシャリシャリと音を立てて姿を変えていくことには賛成だ。

昨日は、森林組合の方とガス屋さんが”下見にやってきた。配達できるかどうか?のチェックである。こういうことは電話ではなく、その人の眼で見て判断することが大事。今回のような大雪なら尚更かもしれない。薪の配達は4tトラック。「丸太を積んでいる行きはいいけど、この路面状態で空身になったら間違いなくスリップする」とのこと。今までトラックはてっきり四駆だと思っていた私。違ったんですね。

そして今日は、どうも水道屋さんがやってきたらしい。あ、水道のことすっかり忘れてた。「すみませーん!」と声をかける間もなく車は立ち去り、見ればメーターはひょっこり雪の中から顔を出しているではないか!軽井沢は大丈夫。これからは、春の日差しと暖かさが見方につくよ。

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仕事も徐々に再開され、男性陣や若者の姿が徐々に消えてゆく軽井沢。これからは、”家人”である主婦に残った雪仕事が課せられる。これは大変なことになるなと思っていたら、既に定年した元気なおじさまたちが登場。私道の表面を覆っている厄介な氷を砕く作業を、快く買って出てくれた!ありがとうございます。

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家の裏からは、ガスボンベを交換する音が...ご苦労様です!

我が家は、片流れの屋根の下にガスボンベや浄化槽を設置するという、重大なミスを犯している。これから家を建てる方はぜひ、ライフラインは安全な場所に最短距離で引いて欲しい。除雪も楽になりますね。

2014年2月22日土曜日

雪の壁に

今宵は、雪の壁に穴を開けて、キャンドルを灯してみた。

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真ん中の黒いものは、ノルディックウェアの巨大なキャタピラのケーキ型。

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我が子はアンパンマンを抱きかかえて、幻想的な光を見つめてる。小さな子でも、炎をじーっと見つめて何か物思いにふけっている時があると、誰かが言っていたっけ。それは、ほんとう。

軽井沢はたった一晩の雪で、”雪国”になった。もう、雪掻きというフェーズを過ぎて、放っておいたら凍りゆく雪を、危ない場所から取り去る作業が必要な時だ。

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屋根に、まだしっかりと張り付いている雪が融け始めて、一部はつららや氷の板となって長いこと居座る。この怖さ、久しぶり。この家に住み始めた2002年の冬を思い出す。

午後は、ご近所さんと一緒に一週間分のゴミを積んで塵芥処理場へ行き、その帰りにツルヤで買い物。何かが変だなと思ったら、車で行くのは大雪のあと今日が初めてということに気がついた。歩いていたら安全かと思っていたらそうでもなく。車で移動してみたら、それはそれで、除雪ができていない状態で多くの車を往来させてしまったツケが生んだ、至上最悪の轍に気づくことになった。やはり、大雪の後は全面通行止めにして雪を排除する、これがシンプルかつスムーズだ。しかしすごいな、ツルヤの店内は端から端までいつものラインナップに!私は、石川から届いた新鮮なガス海老に釘付け。

軽井沢は、連日、マイナス10℃を超える冷え込みよう。完璧な除雪をしない限り、道路をドライな状態に近づけることは無理だ。車通りの多いところはプロに任せ、身の回りの除雪はこのモチベーションを維持したまま、地道にコツコツと進めていきたいものだ。旦那さんが私道の次にとりかかった、家の裏側(危険地帯)のガスボンベ置き場。

思いやりと想像力があれば、きっと事故は防げると信じて。

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2014年2月20日木曜日

災害を経験して見えてきたこと

金曜日の大雪から6日目の朝を迎えた。家のことはそっちのけで、私道の雪掻きに奔走した週末が明けると、各々の家のライフラインの導線を確保。いつもは車で数分のスーパーへ、往復1時間をかけ買い物へ出掛けるのが普通のこととなり。

昨日は、近くの別荘に老夫婦が冬の間も定住していることを思い出して、冷蔵庫にある食材を届けに行った。人の手、いや脚の入っていない雪面は、静かな湖面のよう。最初は腰の高さまである雪の中へ一歩を踏み込むことに戸惑い、20mほどラッセルしたところで、午後には除雪車が入るのだから引き返そうという想いが一瞬頭の片隅をよぎった。しかし、家の前の道が開かれたとしても、この夫婦の元に新鮮な食材が直ちに届くわけではない。玄関から、郵便受けの門まで踏み固められた跡を見てホッとした。大雪から5日目、私が最初の訪問者だった。

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主は、持参した食料を快く受け取り、「まあまあ、おかけください」と声をかけてくれた。聞けば、もう90歳近いという。磨かれた室内と美しい身なりに背筋が伸びた。どれくらいの時間だっただろう、ほとんど初対面の私に50年前にニューヨークに暮らしていたことや、いろいろな話をしてくれた。そして、三ヶ月分の備蓄をしているのでご安心くださいと言い切る、自立した暮らしぶりに感動した。

ここ数年のうちに、軽井沢は限りなく便利になってしまった。しかし、少し前までこの地の冬は草木も寄せ付けない、人の手もはばむ土地であった。足を止めると、冬鳥の息づかいしか聴こえてこない。この静寂がたまらなく気に入って、様々なリスクを差し置いて私は移住を決めたのではなかったか。

いま、久しぶりに手に入った卵でクリーム・ブリュレを作っている。先週の木曜日も同じようなことをしていたっけ...。

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今日から小・中学校が授業を再開した。道路のほとんどは雪の行き場がないため一車線で、すれ違いも難しい状態だが、元気に通学する子供たちの姿に勇気をもらう。恥ずかしいのは大人たちの行動。こういった災害時には、本来の人間性が露になることもわかった。健康な大人が、自宅の敷地内だけを除雪して私道のことは他人任せにする、などなどコミュニケーションが取れていない例は挙げたらきりがない。我が家の通りは素敵な方ばかりで、雪に埋もれた翌日から一致団結して除雪がはじまった。この機会に通りのネーミングを考えようなんて声もでてきて、嬉しい。

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16年目の除雪機。通りの前に、まずはこの子に名前をつけてあげたい。

2014年2月15日土曜日

未曾有の大雪に

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昨夜は、しんしんと降る雪をつまみに、新しい友人を招いてホームパーティを楽しんでいた。

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美味しいワインを嗜んだ友人たちは、深夜零時に代行を呼んで間一髪で帰路についたが、まさか、その雪が一夜にしてここまで降り積もるとは…。今朝の軽井沢の積雪は、約1m!!目覚めて窓の外に広がる景色を目の当たりにした私は、思わず絶句した。ここは越後湯沢か?剣かと。

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旦那さんは、早朝から除雪機で私道の雪掻きに汗を流し。私はといえば、食材のストックを確認。いつ停電してもおかしくないので、薪ストーブで暖をとりながら、ストーブトップで数種類の料理を作り始めた。大雪も、ここまでくると”災害”と変わらない。車通りの消えた町に、未体験の雪と格闘する人々の声だけが、午後三時を過ぎた今も響きわたっている。

ご近所さんとのつながり

逞しい家族

薪ストーブとともにある暮らし

これほど心強いものはない。

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実は今日は、中学時代の大規模な同窓会が開かれる日であった。卒業してから25年ぶりという再会を、心のどこかで楽しみにしてきたので、誠に残念。穏やかな良き日に、ふたたび開かれることを願いたい。

2014年2月10日月曜日

雪国 日本

土曜日に降り続いた雪が、町の景色を一変させた。積雪30センチ、小さな雪国の登場だ。立春を過ぎたあたりから再びマイナス10℃を超えるようになり、日中も氷点下のままという厳しい冷え込みが続いていたので、今シーズンは”雪も降らぬほど寒い、昔の軽井沢”だったと、正直なところ冬を閉めくくりたい気分になっていた。ところが、そうは問屋が卸さない。雪が消えて軽やかになった屋根は、また分厚い布団にくるまれた。

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めまぐるしく変化する陽気に、さずがの我が子もダウン。誕生日を翌日に控えた夜、突然39.5℃の高熱にうなされ、翌朝病院に連れてゆき検査をしてみると、なんとインフルエンザのB型にかかっているというのだ。いったい何処でウイルスをもらってきたというのか?心当たりはなかったが、「大流行しているので、ウイルスはそこらじゅうに飛散している」という医師の言葉は本当のようだった。手洗いにうがいとどんなに気をつけても、食事を疎かにし抵抗力が落ちた隙に敵は忍び込んでくる。子供の看病をしているうちに私もひどい喉風邪をひき、新しい一年の幕開けは、なかなか厳しいものになってしまった。

しかし、一年のうちに数々の節目がある日本の文化には、ものごとの道理のようなものがそこかしこに感じられ、こうして親子で季節の節目に病気などしてしてみるとなおさら、襟元を正される気分である。

数十年ぶりに大雪に見舞われた関東や東海。雪の脅威と神秘に触れて、大変だけれど素晴らしい週末になったに違いない。

 

2014年2月5日水曜日

手仕事に夢中

今日は明け方の気温がマイナス13℃まで落ち込み、日中もずっと氷点下のままという、真冬に戻ってしまった軽井沢。如月とは、いつもこのような調子である。こんな日はいっその事外へ出るのをやめて、サンルームと化した暖かな(正確には暑いくらいの)リビングで一日を過ごすのが吉。子供も外の寒さを察したのか、次から次へと自分の本棚から絵本を持ち出して、「ここに座って、これ読んで!」とジェスチャーを繰り返す。

私はと言えば、ここにきて手仕事に夢中に。これまでの人生、およそ裁縫とは無縁だったはず。が、子供が春から通う幼稚園がきっかけをくれたのだった。帽子につける名札を、お手製のフェルトで作るというのだ。ふわふわの羊毛をちぎり、好きなモチーフを並べる。その上から洗剤の入ったスプレーをかけて、こすって、ニードルでさして…という、単純なのだが一心不乱になって作ることを求められるフェルト作りが、これほど楽しいものだったとは。そして最後には、我が子の名前を刺繍糸でひと針ずつ縫ってゆくという素晴らしさである。入園を待つ冬の間にぴったりな、愛情に満ちた時間をくれたスタッフの計らいに感謝する。

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羊毛にすっかり魅せられてしまった私は、フェルト作家として活躍する友人を自宅に招いて、こんどは欲しかったボトルカバー作りに挑戦!すると、ニードル作業が主体だった名札作りとは、まるで勝手が違うではないか。羊毛を”一枚の生地”にすることはつまり、こすってこすってこすっての繰り返し。小物であっても一日仕事という、重労働だということがわかった。

それでも、皮のショルダーをかしめて完成したカバーは温もりに満ちていて、既製品にはない魅力が。この機会に様々な手仕事に触れ、かじることのできるものは積極的にかじり、思い切り楽しんでみようと思っている。

2014年2月3日月曜日

暖かな、節分

立春を明日に控えた今日2月3日は、節分。季節を分けるこの日が、いつしか大晦日のように感じられるようになった。昨日から軽井沢はぐんと気温が上がり、屋根からは雪が消え、窓からの眺めからも”白いもの”がもの凄いスピードで消えつつある。今日は、信じがたいことに最高気温が14℃まで上昇!霜柱で凸凹になった庭の地面は無惨なまでにぬかるみ、そこをスニーカーで駆け回ろうとする子供の手を、思わず引いている自分がいた。今夜から再び冷え込むという予報だが、もう冬は戻ってこないような気がする。

今シーズンほど、雪掻きの出番が少なかった冬はなかったかもしれない。肉体労働は少なかったが、そのぶん冷え込みは本格的だった。リビングから、何度もダイヤモンドダストの放つ神秘的な光を見つめてきたが、その煌めきに包まれる度に、都会から最も近い極寒の地に暮らすことの意義を感じていたように思う。厳しくも美しい冬の日々は、もうすぐ終わりを告げる。早く春にならないかなと思いつつ、後ろ髪を引かれるような…それは、雪が少なかった今シーズンだから感じる、冬に対する特別な思いかもしれない。

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写真は、1月31日。室内に運び入れた薪の中で越冬中の、クロスズメバチの女王だ。この後すぐに外へ戻したが、この暖かさでは眠りから覚めてしまったことだろう。