金曜日の大雪から6日目の朝を迎えた。家のことはそっちのけで、私道の雪掻きに奔走した週末が明けると、各々の家のライフラインの導線を確保。いつもは車で数分のスーパーへ、往復1時間をかけ買い物へ出掛けるのが普通のこととなり。
昨日は、近くの別荘に老夫婦が冬の間も定住していることを思い出して、冷蔵庫にある食材を届けに行った。人の手、いや脚の入っていない雪面は、静かな湖面のよう。最初は腰の高さまである雪の中へ一歩を踏み込むことに戸惑い、20mほどラッセルしたところで、午後には除雪車が入るのだから引き返そうという想いが一瞬頭の片隅をよぎった。しかし、家の前の道が開かれたとしても、この夫婦の元に新鮮な食材が直ちに届くわけではない。玄関から、郵便受けの門まで踏み固められた跡を見てホッとした。大雪から5日目、私が最初の訪問者だった。
主は、持参した食料を快く受け取り、「まあまあ、おかけください」と声をかけてくれた。聞けば、もう90歳近いという。磨かれた室内と美しい身なりに背筋が伸びた。どれくらいの時間だっただろう、ほとんど初対面の私に50年前にニューヨークに暮らしていたことや、いろいろな話をしてくれた。そして、三ヶ月分の備蓄をしているのでご安心くださいと言い切る、自立した暮らしぶりに感動した。
ここ数年のうちに、軽井沢は限りなく便利になってしまった。しかし、少し前までこの地の冬は草木も寄せ付けない、人の手もはばむ土地であった。足を止めると、冬鳥の息づかいしか聴こえてこない。この静寂がたまらなく気に入って、様々なリスクを差し置いて私は移住を決めたのではなかったか。
いま、久しぶりに手に入った卵でクリーム・ブリュレを作っている。先週の木曜日も同じようなことをしていたっけ...。
今日から小・中学校が授業を再開した。道路のほとんどは雪の行き場がないため一車線で、すれ違いも難しい状態だが、元気に通学する子供たちの姿に勇気をもらう。恥ずかしいのは大人たちの行動。こういった災害時には、本来の人間性が露になることもわかった。健康な大人が、自宅の敷地内だけを除雪して私道のことは他人任せにする、などなどコミュニケーションが取れていない例は挙げたらきりがない。我が家の通りは素敵な方ばかりで、雪に埋もれた翌日から一致団結して除雪がはじまった。この機会に通りのネーミングを考えようなんて声もでてきて、嬉しい。
16年目の除雪機。通りの前に、まずはこの子に名前をつけてあげたい。
まずは、雪中お見舞い申し上げます。
返信削除ここ数日、軽井沢在住の方々のブログに釘付けでした。
ニュースでは得られないタイムリーな現状が伝わり、さりとて何ができるわけでもなく、
ただ見守るしかありませんでしたが。
それにしても皆さん総じて逞しい!
悲愴な声は全くといっていいほど聞かれず、前向きかつ冷静でしたね。
そしてレモンリーフさんのお近くにもそんな素晴らしい住人がいらっしゃっていたのですね。
私もリタイア後はそちらに永住したいと思っていますが、
頼もしい大先輩がいらっしゃると聞いて心強くなります。
年を取るということはマイナス面だけで捉えられがちですが、
実は経験からしか得られない知恵を豊富に持ち合わせているプラス面に
目を向けたいものです。
年を取ることを怖れず、さりとて目を背けることなく、ドッシリと生きていければ
いいですね。厳しい自然の中で育つモミの木のように。
今年もブログ楽しみにしています。